ナ・ホンジンという「ジャンル」が、再び韓国映画界を揺さぶる
2026年、韓国映画界で最も熱い視線を浴びている名前を一つ挙げるとすれば、それは間違いなくナ・ホンジンでしょう。『チェイサー』『哀しき獣』、そしてあの『哭声/コクソン』で、観客の心臓を鷲掴みにし、時にはトラウマ級の衝撃を与えてきた彼が、ついに沈黙を破ります。今夏公開を控えた新作映画『ホープ(HOPE)』は、これまでの彼のフィルモグラフィーとは一線を画す「SF大作」という看板を掲げています。しかし、単なるジャンルの変奏に留まらないのがナ・ホンジン流。今回の舞台は、全羅南道の最南端に位置する海南(ヘナム)です。この静かな港町が、今や韓国で最も注目される「映画の聖地」へと変貌を遂げようとしています。
映画の背景となるのは、1970年代から80年代にかけての韓国。反共精神が色濃く残っていた時代、孤立した港町「ホポ港」に、正体不明の「外部の人間」がやってくるところから物語は始まります。村の外郭で目撃された未知の存在、そしてそれを追ううちに破壊の危機に瀕する村。住民たちが生き残りをかけて繰り広げる死闘を描く本作は、ナ・ホンジン特有の緊張感と、未知の存在への恐怖が融合した、まさに「SF版コクソン」とも呼べる雰囲気を漂わせています。批評家として言わせてもらえば、この「時代設定」と「未知の存在」の組み合わせこそが、本作の勝敗を分ける鍵になるでしょう。

海南郡の「オールイン」:自治体が映画に投資する理由
特筆すべきは、撮影地となった海南郡の動きです。通常、映画の撮影協力といえば場所の提供や行政支援が一般的ですが、今回の海南郡は次元が違います。彼らは単に場所を貸したのではなく、映画製作そのものに一種の「投資」を行いました。村を丸ごと一つ、70〜80年代風のセット場へと大改造したのです。現在、海南の特定の地域は、看板から街灯、壁の色に至るまで、完璧に半世紀前の姿にタイムスリップしています。これは、映画公開後にこのセットを「文化通り」として観光地化し、2030世代(20代から30代)の若者たちを呼び込もうという、自治体による壮大な戦略の一環なのです。
「近所の住民だけど、本当に村が丸ごと変わっちゃって驚いた。まるでタイムマシンに乗ったみたい。ナ・ホンジン監督の映画だから、きっとすごいことになるはず。海南にこんなに人が集まるのは初めてじゃないかな?」(オンラインコミュニティの地元住民のコメント)
自治体がここまで強気に出る背景には、過去の成功例があります。例えば、映画『王の男』が江原道・寧越(ヨンウォル)にもたらした経済効果や、前作『哭声/コクソン』が全羅南道・谷城(コクソン)を「ホラー映画の聖地」に変えた前例です。しかし、今回の『ホープ』はそれ以上の規模を感じさせます。単なる撮影地としてのPRではなく、最初から観光インフラとしての再開発を念頭に置いたセット構築。これは、地方自治体によるコンテンツマーケティングの新たなモデルケースになるかもしれません。ただし、それもこれも「映画がヒットすれば」という大前提があっての話ですが。
SF不毛の地・韓国で、ナ・ホンジンが挑む「ミザンセーヌの極致」
正直に言いましょう。韓国映画界において、SFジャンルは長らく「不毛の地」と呼ばれてきました。『スペース・スウィーパーズ』や『宇宙+人』など、果敢な挑戦は続いていますが、興行的に手放しで成功したと言える作品は多くありません。CGのクオリティは上がっても、物語のリアリティや韓国特有の情緒とのバランスに苦戦するケースが目立ちます。しかし、『ホープ』の戦略は少し異なります。ナ・ホンジン監督は、過度なCGIに頼るのではなく、徹底的な「実写」と「空間の構築」にこだわりました。海南の村を丸ごと改造したのも、その地にある空気感、潮の香り、そして古びた壁の質感をカメラに収めるためです。

映像的に言えば、この「アナログなSF」こそが、観客に本物の恐怖を植え付ける武器になります。1970年代の田舎町という、誰もがどこか懐かしさを感じる空間に、異質な「未知の存在」を放り込む。この対比が、ナ・ホンジン特有の不気味なミザンセーヌを完成させるのです。公開されたセットの写真を見る限り、細部へのこだわりは狂気すら感じさせます。看板のフォント一つとっても、当時のプロパガンダの影響を感じさせるデザインが施されており、監督の完璧主義が透けて見えます。脚本がこの圧倒的なビジュアルを支えきれるかどうかが、唯一の懸念点と言えるでしょう。
ファン・ジョンミンとチョ・インソン:海南を「食い尽くした」二人の巨星
キャスト陣もまた、このプロジェクトへの期待を極限まで高めています。ナ・ホンジン作品には欠かせない存在となったファン・ジョンミン、そして久々のスクリーン復帰となるチョ・インソン。この二人が海南に滞在しているというニュースだけで、地元は大騒ぎでした。ネット上では「ファン・ジョンミンとチョ・インソンが海南の食堂を制覇した」という冗談交じりの目撃談が飛び交っています。これは単なるゴシップではなく、それだけ撮影が長期間、かつ地域密着型で行われたことを示唆しています。
「海南の美味しいお店を検索すると、二人のサインが必ずあるっていう噂(笑)。二人ともすごく気さくだったみたいだし、映画が公開されたら聖地巡礼でその食堂も大繁盛しそう。俳優たちのパワーって本当にすごいね。」(SNSでのファンの反応)
演技の面でも、この二人のケミストリーは未知数でありながら、確信を持たせる何かがあります。ファン・ジョンミンが持つ泥臭い人間味と、チョ・インソンが放つ洗練された、しかしどこか影のある雰囲気。この二人が、未知の存在によって崩壊していく村でどのような「死闘」を見せるのか。特にチョ・インソンにとっては、これまでのイメージを覆すような、極限状態の演技が求められるはずです。ナ・ホンジン監督は俳優を極限まで追い込むことで有名ですが、その結果として生まれる「本物の表情」が、今作でも観客を圧倒することでしょう。
『破墓/パミョ』の熱狂を再現できるか?
映画ファンの間では、本作を「SF界の『破墓/パミョ』」と呼ぶ声も上がっています。2024年に大ヒットを記録した『破墓/パミョ』も、公開前は「オカルト映画がここまでヒットするのか?」という懐疑的な見方がありました。しかし、蓋を開けてみれば、韓国独自の伝統とジャンル映画の快感が融合し、社会現象を巻き起こしました。『ホープ』もまた、SFという枠組みを借りながら、韓国の近現代史や村共同体の闇をえぐり出すような作品になる予感がします。もしそうなれば、海南のセット場は単なる観光地を超え、韓国映画の歴史を象徴する場所になるはずです。

批判を恐れずに言うと、海南郡のこの投資は大きなギャンブルです。映画が失敗すれば、残されたセットは維持費だけを食いつぶす「お荷物」になりかねません。しかし、ナ・ホンジンというブランド、そして公開前からこれだけの熱量を持って語られる状況を見るに、そのリスクを取る価値は十分にあるように思えます。2030世代の観光客は、もはや単なる景勝地には惹かれません。そこに「物語」があり、自分が没入できる「世界観」がある場所に集まるのです。海南の古い路地裏に、未知の存在の影を探しに行く。そんな体験を求める若者たちの姿が、今から目に浮かびます。
最終評価:この夏、私たちは海南で「希望」を見るのか
『ホープ』というタイトルには、どのような意味が込められているのでしょうか。絶望的な状況下で人間が掴み取る光なのか、それとも皮肉を込めた逆説的な命名なのか。ナ・ホンジン監督のことですから、一筋縄ではいかない結末を用意しているはずです。映像、演技、そして地域経済まで巻き込んだこの巨大プロジェクトは、韓国映画が新たなステージへ進むための試金石となるでしょう。SFというジャンルへの偏見を打ち破り、地方都市に新たな命を吹き込む。そんな「奇跡」を、私たちはこの夏、目撃することになるかもしれません。
評論家としての私の期待値は、現時点で9/10です。監督の過去作で見せた執念が、この海南の地でどのように結実したのか。そして、映画が公開された後、あの静かな港町がどれほど熱く燃え上がるのか。今から楽しみでなりません。海南への旅行を計画している方は、映画公開直後の混雑を覚悟しておいた方が良さそうです。最後に、撮影期間中に俳優たちを温かく迎えてくれた海南の皆さんに、映画ファンの一人として感謝を伝えたいと思います。このウィンウィンの関係が、素晴らしい映画体験として結実することを願ってやみません。
「ナ・ホンジン監督なら、単なるSFで終わらせるはずがない。『コクソン』の時のあの衝撃をもう一度味わいたい。海南のセット場も、映画を観た後に行ったら絶対鳥肌が立つと思う。今年の夏休みは海南確定かな!」(映画コミュニティ「シネ21」掲示板の書き込み)



